ニュースレター

第122号ニュースレター

『ようこそ、万葉の町 高岡へ』

皆さん、1年ぶりの再会でしょうか、今年の在宅ホスピス協会全国大会は、北陸は富山県、高岡市で開催となりました。思えば1年前、愛媛・松山開催として坊ちゃん、そして千と千尋の神隠しゆかりの道後温泉・山の手ホテルで、在宅ホスピスケアについての現場での問題点を熱く語り合い勉強してから、それぞれ成長して新たな課題にぶつかってきたことと思います。

今回、大会を高岡で行うご指名をいただいた際、少々当惑していたことを思い出します。それは、私達病院医療者は本当の在宅ホスピスケアの現場を語り、討議する知識や経験を持ち合わせているのかという不安でした。本会会員の皆さんは、まさに毎日が在宅ホスピスケアの現場で汗をかき、涙を流して走り回っている方々であることは、ほんの少しの時間で十分に理解できました。

では、私達は、急性期病院の医療者は、高岡で何を提起すべきか。それは、がん患者の多くは病院での治療を受けていることから、病院と在宅ホスピスケアの現場がシームレスに連携され、患者が迷うことのない在宅ホスピスケアが提供されることだと考えました。

また最終日には、富山県における在宅ホスピスケア普及のためにと題して市民公開シンポジウムを企画いたしました。富山県でも各医療圏において在宅ケアに取り組んでいる在宅医、病院として在宅ホスピスケアを支える取り組みを始めた施設もあります。この議論を深めることで、現在最も在宅療養支援診療所の少ない富山県における在宅ホスピスケアが普及することを期待したいと思います。

「玉くしげ二上山に鳴く鳥の声の恋しさ時は来にけり」大伴家持が奈良の二上山と同字の高岡の二上山に望郷の念を抱きながら詠んだ歌ですが、皆さんもこの3日間、故郷を離れ高岡の地で熱く語っていただきたいと思います。

2日目には大会恒例の開催地での小旅行も用意いたしました。また懇親会では、松山でお約束した、富山ゆかりの民謡もお楽しみいただけると思います。開町400年記念の年、万葉の町、高岡で皆様を心からお待ち申し上げております。

在宅ホスピス協会会員・第12回全国大会(高岡)大会長 村上 望(富山県済生会高岡病院 緩和ケア委員長)

第121号ニュースレター

『命のリレー』

去年の8月23日、私のクリニックに一通のメールが届きました。

それは私が13年前に、在宅ホスピスケアの末に看取ったTさんのお孫さん将来(マサキ)君からのものでした。将来君は彼の母と祖母の介護日記を読み、祖父Tさんの「家で死にたい」という希望がかなえられた在宅ホスピスケアの顛末を聞いて、夏休みの宿題作文を書きたかったのです。私の返信を参考に書いた作文は、「命の作文コンクール」で銅賞となりました。

Tさんの在宅ホスピスケア期間は37日と短かったのですが、将来君(当時1歳)のお母さんのお腹には弟が宿っていたのです。将来君の祖母であるTさんの奥様は、「お父さんは、この子が生まれるところは見られないけど、見守ってあげてね。」と話せなくなった夫にやさしく伝えていました。

また、将来君は「今は在宅ホスピスや尊厳死について、まだ多くの人が知らないのではないかと思いますが、もっと多くの人に浸透して、自分らしい最期を迎える権利を選択できるようになることを望みます。」と作文を結んでいました。

これは真に命のリレーであり、彼の作文は看取りという文化の伝承ではないでしょうか!

在宅ホスピス協会会員 野村良彦(野村内科クリニック 院長)

第120号ニュースレター

新しい年のご挨拶を申し上げます。
会員の皆様、心も新たに新しい年を歩み出されたことと思います。
今年も、在宅ホスピス協会の会員として力を注いで下さっていること、またそれぞれの立場で、在宅ホスピスケアの活動を推進して下さっていることに敬意を表します。

在宅ホスピスケアのための地域ケアシステム
昨年は、「在宅ホスピスケアって何?」という時代から、「在宅ホスピスケアを実践する地域ケアシステムの構築」に中心が移っていった年でした。多くの地域で在宅ホスピスケアのためのシステムづくりがなされました。いろいろな地域の活動報告を聞くにつけ、そこにはある法則があるように思えてきました。
それは、行政や医師会などが主導すると、患者さんや家族の思いとは違った方向にシステムが構築されていくということ、そしてそのシステムは長続きしないということです。行政や医師会はあくまでサポーターとして、現場で実践している人が中心になり市民運動を巻き込んでシステム化している地域が成功しているのだと思います。権力主導ではなく、熱意をもって在宅ホスピスケアを実践している人々が中心になってシステムを創る。そのことが大切なのだと思っています。

緩和ケアとホスピスケア
「ホスピスケア」という言葉が「緩和ケア」と言い変えられたり、「ホスピス・緩和ケア」と並列して使われたりするようになりました。緩和医療学会のオレンジバルーン運動では「症状を緩和すれば、がん治療とむきあう元気がでてきます。治療と一緒にはじめましょう緩和ケア」とうたっています。がん治療を受ける人々が苦痛から開放されることは大切なことで、このことに意義を唱える気持ちはありあません。しかしいくら治療法がすすんでもがんで亡くなる人の数は減少していません。死を見つめながらも人間らしく希望をもっていきることができる。私たちはそのための支援をめざしてホスピスケアを実践してきました。そのことが緩和ケアの中で薄れていくのなら、ホスピスケアという言葉は大事にして残していかなければと思っています。人はいつか死ぬ存在でありながら生き方を選び希望をもって生きることができるのです。私は十数年前、日本看護協会50周年記念式典で、美智子皇后のことばを聞きました。おそらく皇后を支えた看護師から学ばれたことだと思います。新しい年の挨拶代わりに私の心を動かしたこの皇后の言葉を贈ります。そしてホスピスケアの理念を大切に心にとめて今年も活動をしていきたいと思っております。皆さんのご協力を心よりお願い申し上げます。

在宅ホスピス協会 会長 川越博美

第119号ニュースレター

『全国大会松山実行委員から』

深まりゆく秋の中、道後温泉本館ほど近くのホテルで3日間の全国大会が開かれました。北海道から佐賀県まで、スタッフ・ボランティア含めて総勢165名の参加者があり、無事終了いたしました。

懇親会での愉しいひと時、とりわけデーケン先生も参加して全員が輪になって踊った阿波踊りは圧巻でした。また、デーケン先生の講演「響き合うこころー家族とグリーフケアー」は、とても深い示唆に富んだ、愛あふれるお話でした。「私に変えられないことは、そのまま受け入れる平静さと変えられることは、すぐにそれを行う勇気と、そしてそれを見分けるための知恵をどうぞお与え下さい」という希望への祈りの言葉に大変力づけられた方も多かったように思います。

三ヶ所に分かれて行われた分科会では、在宅の看取りを進めていく中で家族にどのような支援が必要なのか、遺族ケアの取り組みはどうしているか、独居の看取りはどうサポートしたらいいか、など2時間を越える活発な意見交換ができました。

在宅ホスピスを取り巻く医療情勢は必ずしも楽観できることばかりではありません。患者・家族のことを大切にして「手作りの」在宅ホスピスケアを丁寧に行っているところに、「機械的な」やりかたと感じられるような少々荒っぽい方法が参入してきているのではないかと心配しています。

「現場でコツコツとチームを築き上げながら、在宅での看取りをしている仲間たちが一同に会して、お互いに励ましあいながら、頑張る力を得よう」というこの全国大会の趣旨とともに、来年は富山にバトンタッチです。

参加された皆様、お疲れ様でした。また松山にいらっしゃる時には、お声をかけて下さい。
お待ちしています。

在宅ホスピス協会会員・全国大会(松山)実行委員会代表 森 菊子
医療法人聖愛会 在宅サービス事業部 部長)

第118号ニュースレター

『在宅ホスピスの給付金』

一度しかない人生、どのステージも大事だが、最後は住み慣れた家で過ごしたいと思う。約10年間、協会でお手伝いするうちにそれは確信になった。とはいっても、いろいろな制約があることもわかってきた。経済的な制約もある。生命保険に入っていても在宅に移行すると給付金が途絶えてしまう。在宅にもこの給付さえ出ていれば、制約は軽減されるに違いない。

私は、医療者でもなく、仕事を持っているので労働力でも貢献できない。教えてもらうことばかり…。何としてもこの在宅ホスピス給付だけは実現したいと思い、会社に提案し続けて 4年、やっと実現することができた。肩の荷が降りた思いだ。

※「在宅ホスピス給付」とは、退院時に余命6ヶ月以内と判断され、退院後も症状の緩和を目的として、医師の計画的な医学管理のもと、自宅など病院以外の施設で医療を継続する場合にも、入院しているものとみなして入院給付金をお支払いするというもの。(参考:プルデンシャルホームページ)

在宅ホスピス協会会員 金田 済(プルデンシャル生命保険株式会社 シニア・ライフプランナー)

第117号ニュースレター

『2008年在宅ホスピス協会全国大会in松山”へのお誘い』

会員の皆さん、こんにちは!私は、愛媛県松山市にあります松山ベテル病院でホスピス医として勤務している者です。

もともと肺がん外科医としての道を歩んでおりましたが、50歳の決断でホスピス医としての道を選び6年が過ぎ今に至っています。少々遅蒔きのホスピス医転職といったところです。この世界に首を突っ込みだした頃は、施設ホスピスケアの中で患者さんのその人らしい生き方が輝いて見えましたが、在宅ホスピスケアに関わる中でその人らしい生き方の本質は在宅の中にこそあるのではないかと思うようになりました。

そんな私にご指名を頂き、松山市において本年10月10日-12日に第11回在宅ホスピス協会全国大会開催のお世話をさせて頂くことになりました。会員の皆さん、俳句の里、日本最古の温泉の里松山で、1年間の労をお互いねぎらいつつ、明日の在宅ホスピスケアについて語り合いましょう! 松山での出会いを待っています。

在宅ホスピス協会会員・第11回全国大会(松山)大会長 中橋 恒 (松山ベテル病院ホスピス医長、病院長)

第116号ニュースレター

『必要に迫られていたモルヒネ徐放製剤の開発』

ある先生からお聞きしたお話ですが、私がMSコンチン錠開発の意義を実感できた印象深い事例をご紹介させていただきます。

ご主人はがんの末期で、その痛み治療のため高用量のモルヒネ速放製剤を、4時間ごとに1日6回服用していました。介護は奥様がされていましたが、ある夜奥様が介護の疲れもあって寝過ごしてしまい、夜中2時の服用時間に間に合わなかったためにご主人が強い痛みに苦しまれたようです。奥様はご主人に大変申し訳ないことをしたと後悔され、それ以後ご主人が2時に薬を服用するまで床につかなくなりました。

ご夫婦には娘さんが一人おられ、その娘さんが母親の身体を気遣って「今夜、私がお父さんのお世話をしますから、お母さんは十分休養して下さい。」と話しました。奥様は、「有難う。では、今夜はお願いするわ。お父さんのお薬も忘れないでね。」と言って床につかれましたが、それでもお薬の時間になるとご主人の傍に起きて来られていたそうです。

発売後、モルヒネ速放製剤からMSコンチン錠に変薬した患者さんに感想を聞いて頂いたところ、
「夜この薬を服用すると朝まで服用しなくてよいのでホッとする。」
と多くの患者さんが話されているとお聞きし、上記の事例を思い浮かびました。同時に徐放製剤の開発が如何に必要に迫られていたかを理解することができました。

在宅ホスピス協会顧問 松本禎之(元塩野義製薬学術情報部)

第115号ニュースレター

新年おめでとうございます。

年のはじめに、11年間、絶えることなく会員の皆様がつなぎ、情報を提供してきて下さったニュースレターで、ご挨拶ができることを心から感謝申しあげます。

今年は、在宅ホスピスケアにとって新しい年明けになるような気がしております。がん対策基本法ができ、自宅へ帰ってくるがん患者さんが激増していることを、現場で肌で感じています。在宅ホスピス協会が発足した当初、「在宅ホスピスケア」という言葉すら珍しい時代でしたが。今は「在宅ホスピス・緩和ケア」としてすっかり市民権を得たように思います。でもそのケアの実態は、私たちが目指したものになっているでしょうか。

私は大病をしたおかげで、今、全国の訪問看護の現場を歩く仕事をさせていただいています(レポートは医学書院「訪問看護と介護」に連載しています)。多くの支援診療所の医師や訪問看護ステーションの看護師と語り、訪問現場に同行させていただいています。熱意ある現場の人々と共に語ることはとても刺激になります。学ぶこともたくさんあります。在宅にはがん患者さんがたくさんいます。でも本当にこのケアで在宅で最期のときを幸せに過ごせるのだろうかと疑問に思うこともあります。痛みの緩和の方法、チームの組み方、家族への支援などなど、全国的にみれば、驚くことがまだまだいっぱいです。

在宅ホスピス協会は、家で最期のときを過ごしたいと望む人々へ、本物の在宅ホスピスケアを提供するために役割があるのだと感じています。

在宅緩和ケア支援センターが都道府県に税金で整備されるようになりました。コンサルテーションと教育が主な仕事のように聞いています。緩和ケアは地域の時代と銘打って在宅ホスピスケアに関する講演会のお知らせもたびたび目にします。でも今大切なのは、地域でがん患者さんや家族と真剣に向きあう現場で働く人々が増えることだと思います。

「偽」が昨年をあらわす漢字に選ばれました。今年は、「本物の在宅ホスピスケア」を目指したいと思っています。在宅ホスピス協会が作成した在宅ホスピスケアの基準をもう一度心にとめて下さい(ホームページに掲載されています)。決して陳腐になっていません。さすが、遺族の方や一般市民、多くの専門職が、現場の知恵を結集して作成したものだと改めて誇りに思います。本物の在宅ホスピスケアができる人々を現場で育て、市民と専門職が一緒になって、家で死ぬことが可能な地域を築くことが大切だと思います。

制度をつくること、研究をすること、講演など啓発活動をすることも大切ですが、在宅ホスピスケアの原点に立ったとき、現場で在宅ホスピスケアができる人々(専門職に限らず)が力を合わせて共に成長しながら活動を続けていきたと思っています。草の根のような会員ひとりひとりの活動が大きなうねりとなって、人生の最期を過ごす人々に幸せをもたらす年でありますように。

在宅ホスピス協会は、会員数約600名という大所帯になりました。しかし働きはまだまだ小さな組織です。会員ひとりひとりの力が必要です。どうぞメールなり電話なりでご意見をお寄せ下さい。またお手伝いいただける方も大歓迎です。

今年1年もどうぞ宜しくお願い申し上げます。会員の皆様の幸いをお祈りします。

在宅ホスピス協会会長  川越博美

第114号ニュースレター

『在宅ホスピスケア短期利用者と長期利用者への訪問看護の比較』

11月9、10日と熊本市で開かれた日本死の臨床研究会年次大会で、パリアンの染谷看護師が華々しく、しかし地味にデビューしました。発表内容は以下の通りです。

在宅ホスピスケア期間7日未満で在宅死した44名のがん患者(短期利用者)と年齢・性別をマッチングさせた在宅ホスピスケア期間14日以上のがん患者(長期利用者)の訪問看護を①計画的訪問看護、②緊急訪問看護、③緊急電話連絡の頻度で比較検討した。

結果は、短期利用者は、長期利用者に比べて①~③の全ての頻度が有意に高かった(P<0.001)。また、在宅ホスピス開始日に患者が病院を退院した群は、すでに自宅にいた患者群と比較して、計画的訪問看護の頻度が高かった。 死が間近に迫っている在宅ホスピスケア利用者に対しては、計画的に訪問する回数を増やし、緊急時にも頻回に対応できるシステムを構築しておく必要がある。また本人・家族・医療者の負担を考えると、在宅ホスピスケアを適切な時期に早く開始することが重要である。

15年以上前に書いた教科書で述べていたことが証明されました。

在宅ホスピス協会顧問 川越厚(ホームケアクリニック川越 院長)

第113号ニュースレター

在宅ホスピス協会第10回全国大会は、8月24~26日の3日間、十和田湖奥入瀬渓流で開催されました。
記録的な猛暑から逃れて、ケアの日常から一時の非日常の時間を過ごしていただけたのであれば、実行委員の一人としてうれしく思います。

ケネス・ゼリー氏とイヴォンヌ・イム氏によるボランティアトレーニングの講義とエクササイズは、日常のケアに追われている私たちには、感動さえ覚える新鮮な体験でした。
チームで支える緩和ケアプログラムを進めていくと、ケアを開始しようと思った原点を忘れ、周りが見えなくなることがあります。
そんな時に

「私たちは心の内面を無視してホスピスの仕事をすることはできない。
自分自身の内面の恐れや信条と向き合うことが必要である(クラレンス リウ)」

という言葉の重みを思い出すことが必要でしょう。
ボランティアが参加しようと思い立った志を私たちも初心に戻って思い出す良い機会になりました。

また来年、皆様にお会いできることを楽しみに残暑の日常生活に戻りました。

在宅ホスピス協会会員 第10回全国大会(十和田)実行委員 千歳和哉(千歳産婦人科医院 副院長)

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