ニュースレター

第136号ニュースレター

おひとりさまとひな人形

私たちの住む奄美大島は、鹿児島市から350km、那覇市からは330kmにある亜熱帯の島です(鹿児島県です。念のため・・・)。面積は712km2で、東京23区621km2よりも大きな島です。人口は約7万人で、私たちの活動エリアである奄美市を中心とした地域に約5万人が住んでいます。在宅ホスピスの傍ら、島内でただ一人の神経内科医として、先週もパーキンソン病の方などの訪問診療で70km以上(山手線2周以上)走りました。在宅ホスピスケアは、当クリニックからの訪問診療、訪問看護で行っています。

2月中旬、奄美では鮮やかなピンクの緋寒桜が満開のころでした。昔馴染みのヘルパーからの依頼で、初めて訪問したおひとりさまのオバ(奄美での高齢女性への敬称。人と人の距離が近いからでしょうか、親族以外にも用います。)は79歳。シマ(島というより、地域社会の意味です。)には身寄りのない方でした。夫に先立たれた後も、シマに骨を埋めるつもりで、人形作り教室や婦人会などで活発に過ごされてきた方でした。

最初の訪問は、依頼のあった翌日、がん拠点病院から退院して1週間目でした。自ら作られたというひな人形などがたくさんある家でした。肝がんの進行による右わき腹の痛みで身動きがとれず、腹水で腹囲は120cm以上ありました。また、肝性脳症のため、つじつまの合わない話や羽ばたき振戦のある状態でした。「薬は大っきらい。」「あの医者はいかんな。」など、訪問診療や訪問看護のたびに過去の診療に対する不信感などを1時間以上話されていました。本人の希望をうかがいながら治療を調整して、一日一日と、疼痛や便通が改善されていきました。

「満足して死にたいからね。今したいのはユムグチ(友人とおしゃべりすること)。」「体調が良くなったら、岩盤浴に行ったり、焼肉を食べたりしたい。」といったことが当初からのご希望でした。体調や意識が良くなってくると、友人も遊びに来るようになり、訪問でも楽しそうに昔話をされるようになりました。ある日、「岩盤浴はお好み焼きのようなもの、やっぱりお風呂がいい。」と希望され、訪問看護でシャワー浴を行いました。湯上りに長く禁止されていた缶ビールを飲み、久しぶりの化粧もして、ほころぶような笑顔で写真も撮られました。

その後、下血がみられるようになりましたが、入院は希望されず、最後までここで過ごしたいという希望を伺いました。ヘルパーさんたちにも、大量の吐血や下血がいつ起きてもおかしくないことや、これらが最期に直結することなどをお話ししました。少し下血がおさまり体調もよかったとき、ヘルパーに「焼肉が食べたい。無理なら匂いだけでもいい。」と言い出し、ヘルパーの付き添いで知り合いの焼肉屋に行かれました。ほんの少ししか食べられなかったものの、大変喜ばれたとのことでした。

その翌日、ひな祭りの朝でした。一番頼りにしていたヘルパーに、「起こして」と頼んだ後、徐々に呼吸が弱くなってきました。ヘルパーは、あわてて私たちクリニックに連絡しました。間もなく、気になって予定より早く出ていた看護師が到着しました。そして、ヘルパーの腕の中で、「○○ちゃん」とヘルパーの名前を呼び、看護師に手を取られながら、穏やかに最期を迎えられました。ベッドのそばでは、手作りのひな人形が見守っていました。

生きている間に、最後の瞬間までに、そのひとの住み家でこそできること。それを支えることは私たちの重要な任務です。在宅でいろいろな方々と向き合っていると、本来、ひとは最期の時と状況は選べるに違いないという気がします。私達はまだまだ経験は浅いですが、どのおひとりさまも信頼できる人に囲まれて、素晴らしい最期の時を迎えられています。それは、その人自身が最期の瞬間を選んでいるからに違いないと感じてなりません。

毎年緋寒桜のころ、私たちのクリニックには、オバから頂戴したひな人形が、オバの思いとともに飾られることでしょう。

ファミリークリニックネリヤ 院長 徳田 英弘

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