ニュースレター

第151号ニュースレター

日本在宅ホスピス協会です。早いもので 9月に奄美大島で行われる全国大会まで 3 ヶ月です。 年に 1 度行われる HHA でのいわばお祭りです。申し込みも始まっているようですので、一度全国大会のHPを覗いてみてください。→ http://hha-amami.info/

さて、今回のお便りは栃木県にある 在宅ホスピス とちの木 でホスピスケアに積極的に取り 組んでいらっしゃる渡辺先生より、海外の学会に参加した時のお便りです。昨年も HHA の勉強会で ご講演をいただき、THP を中心にホスピスケアをするようになってから在宅看取り率が上がったと おっしゃる渡辺先生からのお便りに THP 認定団体としてまた気が引き締まる思いです。THP の普及 のために、今後も努力していきますので、皆様にもご協力いただければ幸いです。


アジア・パシフィック・ホスピス・カンフェランス(APHC)に参加して

一般財団法人 とちぎメディカルセンター在宅ホスピスとちの木 渡辺邦彦

2015年4月30日から5月3日まで、台湾の台北で第11回APHCが開催された。APHCは2年毎 に開催されており、環太平洋諸国やアフリカなどから数千名の多職種が参加する大規模な緩和ケ アの国際会議である。在宅ホスピスとちの木(以下:当院)では“Consideration about current status and future of home palliative care in Japan”というタイトルで当院が開設されるま での経緯と開設後の状況を報告した。

私は 2003 年栃木県立がんセンター緩和ケア病棟勤務中、笹川医学医療研究財団の奨学金で、オ ーストラリアとニュージーランドの人口の異なる 6 都市でイアン・マドック教授の言う“緩和ケ ア・トライアングル・ネットワーク”を研修した。在宅緩和ケアの重要性を痛感したため、現地 で指導していただいた方々に「帰国後 3 年以内に在宅緩和ケアのシステムを栃木県に造る。」と 約束して帰国した。バララットのシステムを日本の事情に合わせて変更し開設を模索し、2006 年 11 月 11 日に当院を開設した。医師 1 名、看護師 1 名、医療事務 1 名で開設し年間看取り件数は 2007 年、2008 年は約 80 名で、徐々に看護職員が増えた 2009 年、2010 年は約 120 名となった。 しかし、離職も多かったため、経営戦略を練ることにした。2011 年を改革の年として P.F.ドラッ カーの理論を導入し、当院のミッションを定義し、それを実現するための緩和ケア・看護ケア・ 倫理の目標を設定した。また、詳細に業務内容を見直し、必要な人材としてホスピス・エイドを 採用し、多職種連携を担う職位としてホスピス・マネジャ(後に HHA で THP に認定していただい た)を任命した。ミッションを“がん患者が自宅で最期まで自分らしく生ききることができる様 に支援する”と定義し、緩和ケアの目標をデヴィッド・ケスラーの“死にゆく人の 17 の権利”、 看護ケアの目標をフローレンス・ナイチンゲールのいう“体力の消耗が最小になるような、ある いは生命力が高まるような、最良の条件・状況を創るケアを行う“とし、倫理の目標は武士道の 出水兵児修養掟を採用した。改革後は当院の各職種のみならず、院外で連携する同じミッション を掲げる多職種が自分のやるべきことに集中し、技術を向上させ、穏やかな看取りに到達すると 家族同様の達成感を味わい、それがモチベーションのさらなる向上へ繋がるという PDCA サイクル が機能した状態となり、2012 年、2013 年は在宅看取り数が 170 名を超え、看取り率も 99%とな った。

会場では、海外研修でお世話になった Doug Bridge 先生、David Brumley 先生、Rod MacLeod 教 授、前 APHC 会長の Rosalie Shaw 先生と再開してお礼の気持ちを伝えることができた。皆様よ り、栃木県での在宅緩和ケアの成長を祝福していただくとともに、新たに来春より当院と併設さ れる緩和ケア病棟が開設されるに当たり、更なる発展へエールをいただいて帰国した。

ニュースレター第151号

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