ニュースレター

162号ニュースレター

162号ニュースレター

今回のニュースレターは、1 月 12 日(土)に東京都立川市で開催されました「緩和ケア多職種 連携カンファレンス」について、立川在宅クリニック院長 荘司輝昭先生に御報告いただきます。

平成 31 年 1 月 12 日(土)東京都立川市、立川市女性総合センターアイムホールにて、緩和ケ ア多職種連携カンファレンス『在宅緩和ケアの現場において難渋した症例のデスカンファレンス』、 小笠原会長のミニトークによる笑いから始まり、熱心にやり取りが行われた。(主催:立川市医師 会、共催:日本在宅ホスピス協会、立川市、多摩緩和ケアネットワーク)
日本在宅ホスピス協会共催のデスカンファレンスは立川では今回で 2 回目となり、前回を上回る 約 120 名の多職種(医師、看護師、薬剤師、ケアマネ、その他医療、介護関係者)参加のもと、3 症例について、病院側、在宅医療側からのプレゼンテーションののち、会場からの参加者を交えて のディスカッション形式で行った。

症例1『病識不足からの不安、そして意思決定までの1症例を通して』

①事例及び背景
57 歳(男性)直腸癌術後、骨盤腔内再発、多発肺転移の患者。妻と二人の娘が同居。姉も癌で 3年前同じ在宅のクリニックで看取られている。キーパーソンの妻は半年間の介護休暇を取得。子供 は休日のみサポート可。義母が妻の支えになっていた。
人工肛門あり、旧肛門は閉鎖。仙骨部に瘻孔があり、同部位に疼痛・膿瘍排液・悪臭がある状態。 疼痛コントロールは硬膜外ポートよりフェンタニル+アナペイン。下肢シビレあるものの歩行可 能。今後も病院でケモ予定あり。病院としてはポート使用継続の退院事例は初めてであり、訪問看 護師と連携を取り、在宅での対応可能なこと確認して(訪問看護は複数の経験あり)退院となった。

②経過
本人は退院後、抗癌剤を受け入院前の生活に戻る事を想像していた。病状進行に伴い瘻孔部痛の 増強があり、硬膜外ポートからの薬剤コントロールを行うも除痛困難であった。訪問医療主治医よ り、再入院し、クモ膜下ポート造設しての疼痛コントロール提案が患者および病院主治医にあり、 再入院して造設となる。この時点で患者本人は瘻孔部痛増強から病状を認識。抗癌剤治療中止を自 己決定する。抗癌剤の予定がある=良くなると期待していた為、期待値がギャップの大きさであっ た。その後、自身で行っていたストーマケアも他人に依頼。社会的立場からの自己価値の喪失感が あり、家族とぶつかり葛藤したが、最期の居場所は在宅を希望した。

③問題点
1)症状コントロール不良による不安
2)本人の病識と身体変化とのギャップ
3)ホスピスか在宅かの迷い 4まとめ
入院中の病棟 Ns・MSW からの連絡や、再入院時の医師の連携を通じ、医療連携の重要性と在 宅環境では多職種連携が重要。意思決定は本人・家族にとって容易ではない。意思決定までの援助 の重要性を学んだ。

症例 2『言葉の壁に難渋しながらも、介護者を支え在宅でお看取りした症例』

①事例及び背景
90歳代 男性 外国人 在日60年以上。進行性大腸癌との診断。手術は勧められず、余命は半 年から 2 年との説明が病院主治医よりあった。最期は家にいたいという本人の希望と在宅療養を 勧められ訪問診療開始。経過の中で認知症となり覚えていた日本語はわずかで、日本人の妻が通訳 し、コミュニケーションをとるという状況で癌告知を受けたものの、本人は忘れていた。
母国に娘在住も音信不通、現在の妻との間にお子さんはおらず、妻以外の介護者はいない。ホス ピスの申し込みもされていた。

②経過
日常生活動作は自立、自覚症状なく、当初は Dr./Ns 隔週ずつの訪問。Ns では足浴と下肢マッサ ージを施行。また姉がピアノの先生だったとのことで患者希望でピアノが弾ける Ns が訪問し可能 な時はピアノを弾き、そこで音色を聞くと思い出すと嬉しそうに話され聞いておられた。その後病 状の進行あり在宅酸素導入。癌性疼痛はなく時折呼吸苦が出現しオプソ内服で対応。排便時の怒責 により意識レベルが低下するという状態が週に 1~2 回程度あり緊急訪問も次第に増えていた。妻 と急変の可能性や緊急時の対応を一緒に確認していたが夜間トイレで怒責後意識消失し、意識が戻 ることなく妻に看守られご自宅で最期を迎えた。

③問題点およびまとめ
日本語が通じず、言葉の壁があった。最初は隔週の訪問であったためほとんどの時間を情報収集
に費やすこととなり、妻の医療的な通訳も難しいと感じた。また妻が通訳という立場にほとんどと なってしまい家族としての思いを聞くことが少なく、本人の思いを直接理解することが困難であっ た。コミュニケーションに時間を割いていたため、この方にあった経過予測の説明の仕方が足りな かったという問題点が後に上がった。
言葉の壁に関してはスマートフォンの翻訳アプリやグーグルを利用し自分たちでも片言の単語 や身振り手ぶりでコミュニケーションが取れるよう試みた。妻へパンフレットをお渡しし今後の経 過は説明していたが本人への説明は妻に行ってもらっていた。
同じような質問はノートに母国語で記入し、妻の通訳がなくとも少しは会話できるように早期にコミュニケーション方法の検討が必要であった。母国語で緊急時の対応や予測される経過を記した パンフレットを作成し本人へも渡し説明しておくということも必要であったのではないかと感じ る。
今後患者自身だけでなく、家族も外国人という方も増えてくるかと思う。カンファレンスを行い 振り返りを行うことで訪問看護の質の向上や課題解決のヒントにも繋がると考えた。

症例 3『下半身麻痺、褥瘡を抱えながら在宅で癌終末期を過ごしたケースから学んだこと』

①事例及び背景
74 歳 男性 多発性骨髄腫 下半身麻痺認めた。妻と二人暮らし。同敷地内に次男夫婦(看護 師)、幼い孫 2 人で居住。発症後下半身麻痺により活動制限があり、かなり大きな褥瘡を認め退院 してくるという状況であった。

②経過
主なケア内容としては仙骨部に 7 センチ以上の褥瘡形成があり、平日は毎日訪問看護が入りケ アを行った。土日祝日は訪問入浴や看護師である次男夫婦がケアを担当し、創部の観察・創処置の 継続を行うことが出来た。
患者本人は幼いお孫さんとの生活を何よりも大事にしていた。病院で過ごしたのではあれば幼い お孫さんとの生活が実現することは困難なため、長年住み慣れた自宅で普段と同じような生活リズ ムで過ごせたことは在宅療養の賜物と感じた。

③問題点及びまとめ・
仙骨部の褥瘡が悪化時には入院治療を検討したが、訪問診療の医師との連携、訪問リハビリスタ ッフ、訪問入浴スタッフとの連携、家族との連携に医療用 SNS を使用してオンタイムに情報共有 を行い、被覆材、外用薬の変更、褥瘡処置を途切れないケアで行うことができ在宅療養を継続でき た。

総括

症例1では、がん終末期で疼痛コントロールが困難な事例に対して、病院でも経験がなく逆に訪 問診療所での経験が功を奏して逆提案を行うことにより在宅医療の継続、看取りを行うことができ た。疼痛コントロールの重要性、新しい知見の必要性を示唆された。症例 2 では、今後諸外国から の移住者が我が国に増えてくる中での一つの課題が示唆された。症例 3 では、多職種連携を新しい ツールを使うことにより、より濃い連携が行えることが示唆された。
これらすべてが今後我が国で増加する在宅医療の難渋する問題であり、多方面からの意見が出さ れ、盛況のうち会は終了した。

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